多摩墓地は多摩地区にある霊園です。

多摩墓地は、多摩地区にある霊園の中でも知名度が高い墓地です。先週、多摩墓地で父の納骨を行いました。父もついに、先祖のお墓に入ってしまったことに感慨深いものがあります。

幼い頃、お彼岸になると父と共に多摩墓地に出向き、お参りした日々が昨日のように思い出されます。数十年前の話です。

都内にある家から多摩地区を訪れ、緑の多い広々とした墓地は別世界のように見えました。お花やさんと石屋さんの立ち並ぶ通りを歩き、先祖のお墓へ向かいます。
お墓周辺の草を抜き、植木を刈り込み、墓石を洗い、キレイに掃除します。最後にお花を供え、焼香します。幼すぎて、こうした一連の動作の意味を理解することはできませんでした。

しかし、父と出かける場所の一つとして記憶に焼きついています。近くに手焼煎餅のお店があり、帰りにお煎餅を買って帰ったことを覚えています。こうした父との思い出を胸に、父の納骨の日を迎えました。
お墓の中にお骨を納める際、担当の方が中を見せてくれました。お墓の下は、思っていたより深くて広いスペースが広がっています。
三段の棚があり、父のお骨は上の右に納められました。お坊さんが唱えるお経の声が空に向かって高く、高く響いています。父は、故人となり仏となりました。

名前も変わり、新しい戒名を頂きました。生命体としては消えてしまいましたが、魂はそのまま生き続けています。
父の好きだった書物や食べ物をお供えし、気持ちを共有したいと思います。多摩地区の自然を愛していた父は、多磨霊園でくつろいでいると確信しています。

霊園の下見に、という考えもあって、三月の晴れた土曜日に多摩地区まで行ってみることにしました。

都心マンションから、久しぶりに郊外までドライブということで、温かいお茶や、サンドイッチを作って、妻と共に愛車に乗り込みました。

多摩地区の霊園に行って見ました。

三月といえども、風は未だ冷たいものです。しかし、車の中は日差しが降り注ぎ、温室の様になって温かく、春の光に照らされてのドライブは心地よい時間となりました。

多摩地区について、霊園を散歩した時には、太陽も上まで上がていたためか、朝よりも心地よい気温となって、妻が入れてくれたお茶で温もりながら、芝生を歩いていると、公園を散歩したのは、もう何年振りだろうか、と自分の人生を振り返ってみました。

いつも忙しくて、早朝から深夜まで仕事に追われ、都心のマンションで便利に暮らしているものの、家族の事を振り返ったことがなかったように思われます。

隣のマンションに暮らす母の事は、つい、妻に任せきりになっていました。
芝生の上で、流れる雲を見ていると、人生の後半はこの霊園を流れる雲のようにのんびり暮らしてみたいものだ、という郷愁が湧いてきます。

しかし、空から、前へ、視点を移すと、まだ、そんな事は言っていられない、と意識を現代に戻しました。
妻とサンドイッチを食べ束の間の休日を楽しんだあと、また都心までドライブするうちに頭の中は仕事モードに切り替わるはずです。

永大供養、という文字も確認しました。将来、多摩地区に骨をうずめるのも良いかもしれれないと、妻はそっと囁きました。